2009年 11月 23日
JIN-仁- 生きる遺言… |
今回は、手術は茶屋の娘・茜(橋本真実)の大やけどにまつわるものでしたが、見どころは、なんといっても緒方洪庵(武田鉄矢)との命がけの熱い友情でしたね佐分利(桐谷健太)が発端となった西洋医学所のゴタゴタは仁(大沢たかお)が去ることで解決したかに見えたが、まだ不満分子はくすぶり、ペニシリン製作所が失火。命からがら救い出せたのは、たった1本だけ
その失意と窮地を救ったのは、手術を見てたヤマサからの好意。元・醤油の荷降ろし場(?)でした
醸造や濾過の技術に長けてます
(素朴な疑問。ヤマサって、この時代からあったのでしょうか?)
もはや、労咳で自分の命が長くないと悟った洪庵。「どうか先生の寂しさを、私にお分けください。冥土に、持って行きます」は泣けました。うるうる…
そして、龍馬もまた天命を知り… みんなして精一杯生きてるさまに胸打たれます
来週が楽しみ楽しみ
by noho_hon2
| 2009-11-23 16:28
| ドラマ
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Comments(2)
たまたま通りかかって拝見しました。
ヤマサは17世紀半ばの創業だそうなので、舞台となった時代でも実在していました。仁先生が「この時代にあったんだ…」とつぶやくのは、そのことをご存知ではなかったのでしょう。ちなみに、この時のヤマサのシンボルマークは、現在のものと違って、右上に「上」というものがありません。これはこの数年後に幕府から品質を認められて「上」の字をつけたのだそうです。
石丸謙二郎さんが演じていた浜口儀兵衛梧陵(原作の漫画にも登場します)はヤマサの7代目当主で、西洋医学所の前身の種痘所が焼失した時(この物語の数年前のことになります)には再建費用を拠出するなど、医学にも大きな役割を果たしています。
通りすがりでの長文、失礼いたしました。
ヤマサは17世紀半ばの創業だそうなので、舞台となった時代でも実在していました。仁先生が「この時代にあったんだ…」とつぶやくのは、そのことをご存知ではなかったのでしょう。ちなみに、この時のヤマサのシンボルマークは、現在のものと違って、右上に「上」というものがありません。これはこの数年後に幕府から品質を認められて「上」の字をつけたのだそうです。
石丸謙二郎さんが演じていた浜口儀兵衛梧陵(原作の漫画にも登場します)はヤマサの7代目当主で、西洋医学所の前身の種痘所が焼失した時(この物語の数年前のことになります)には再建費用を拠出するなど、医学にも大きな役割を果たしています。
通りすがりでの長文、失礼いたしました。
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通りすがりのかわうそさん、こんにちわ。な、なんと、ヤマサは17世紀半ばの創業だったのですか? びっくりです。シンボル・マークも幕府から品質を認められて… とは、ますます驚きです。
そうですか。原作にも登場する浜口儀兵衛梧陵、めちゃくちゃ重要な人物だったのですね。この数年後、西洋医学所の前身の種痘所が焼失した時には再建費用を拠出するとは、並々なならない役割です。貴重な情報本当に、ありがとうございました。深く感謝です m(__)m
そうですか。原作にも登場する浜口儀兵衛梧陵、めちゃくちゃ重要な人物だったのですね。この数年後、西洋医学所の前身の種痘所が焼失した時には再建費用を拠出するとは、並々なならない役割です。貴重な情報本当に、ありがとうございました。深く感謝です m(__)m

