2024年 01月 08日
大河ドラマ「光る君へ」第1話 約束の月 |
藤原為時(岸谷五朗)の長女・まひろ(落井実結子)はある日、三郎(木村皐誠)という少年と出会い、二人は打ち解けあうが…
物語が、人気脚本家:大石静に 期待。
吉高由里子も、ついに朝ドラと大河のWヒロインに。宮崎あおいに続く、3人目でしょうか?
個人的に、陰陽師で夢否、安倍晴明が、ユースケ・サンタマリアには、妙に納得。
初回から、母(国仲涼子)を、亡くしてしまうとは、不憫な… でも、美少女ぶりが、未来の女優を予感させる少女ですよね。
そして、雰囲気的に、兄弟の中で、いじめられっ子だった三郎君と、縁がありそう…
また、扇子に隠れて、ヒソヒソ話が大好物そうな、時代の物語って、どんな風でしょうか? 色々な意味で興味津々… です。
(次回は、ヒロイン・吉高由里子 登場なのですね。)
(ストーリー)
「源氏物語」の作者・紫式部の波乱の一代記。藤原為時(岸谷五朗)の長女・まひろ(落井実結子)はある日、三郎(木村皐誠)という少年と出会い、二人は打ち解けあうが…
1000年の時を超える長編小説「源氏物語」を生み出した女流作家・紫式部の波乱の一代記。平安中期、京に生を受けた少女まひろ(落井実結子)、のちの紫式部。父・藤原為時(岸谷五朗)の政治的な立場は低く、母・ちやは(国仲涼子)とつつましい暮らしをしている。ある日まひろは、三郎(木村皐誠)という少年と出会い、互いに素性を隠しながらも打ち解けあう。再び会う約束を交わす二人だったが…激動の運命が始まる。
by noho_hon2
| 2024-01-08 07:15
| ドラマ
|
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Comments(6)
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山城守
at 2024-01-08 15:53
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初回の藤原道兼の描き方はとても褒められたものではありません。
藤原道兼は弟や従者等に乱暴を働き、更には紫式部の母親を些細な事で殺害する粗暴狂癖の人物として描かれています。
しかし、『大鏡』をみると、それとは全く違う人物像が読み取れます。
以下、『大鏡』の当該部分を引用します。
「あはれなることは、おりおはしましける夜は藤壺の上の御局の小戸より出でさせ給ひけるに、有明の月のいみじく明かかりければ、「顕証にこそありけれ。いかがすべからむ。」と仰せられけるを、「さりとて、とまらせ給ふべきやう侍らず。神璽・宝剣わたり給ひぬるには。」と粟田殿の騒がし申し給ひけるは、まだ帝出でさせおはしまさざりける先に、手づからとりて、春宮の御方にわたし奉り給ひてければ、帰り入らせ給はむことはあるまじく思して、しか申させ給ひけるとぞ。さやけき影を、まばゆく思し召しつるほどに、月の顔にむら雲のかかりて、少し暗がりゆきければ、「わが出家は成就するなりけり。」と仰せられて、歩み出でさせ給ふほどに、弘徽殿の女御の御文の、日ごろ破り残して御身も放たず御覧じけるを思し召し出でて、「しばし。」とて、取りに入りおはしましけるほどぞかし、粟田殿の、「いかにかくは思し召しならせおはしましぬるぞ。ただ今過ぎば、おのづから障りも出でまうで来なむ。」と、そら泣きし給ひけるは。(中略)花山寺におはしましつきて、御髪下ろさせ給ひて後にぞ、粟田殿は、「まかり出でて、大臣にも、変はらぬ姿、いま一度見え、かくと案内申して、必ず参り侍らむ。」と申し給ひければ、「我をば謀るなりけり。」とてこそ泣かせ給ひけれ。あはれに悲しきことなりな。日ごろ、よく、「御弟子にて候はむ。」と契りて、すかし申し給ひけむがおそろしさよ。」
この「粟田殿」こそ藤原道兼です。
そして、この『大鏡』の記載からは花山天皇を出家させるために日頃から「御弟子にて候はむ。」(弟子としてお仕えします。)等と約束し、出家当日には噓泣きまでして目的を達成し、目的を達成したら日頃の約束など反故にするという、陰謀を確実に遂行する冷血漢という人物像が読み取れ、ドラマのような、何の目的もなく乱暴狼藉を働く人物とは程遠く、この点において大きな減点事由となります。
藤原道兼は弟や従者等に乱暴を働き、更には紫式部の母親を些細な事で殺害する粗暴狂癖の人物として描かれています。
しかし、『大鏡』をみると、それとは全く違う人物像が読み取れます。
以下、『大鏡』の当該部分を引用します。
「あはれなることは、おりおはしましける夜は藤壺の上の御局の小戸より出でさせ給ひけるに、有明の月のいみじく明かかりければ、「顕証にこそありけれ。いかがすべからむ。」と仰せられけるを、「さりとて、とまらせ給ふべきやう侍らず。神璽・宝剣わたり給ひぬるには。」と粟田殿の騒がし申し給ひけるは、まだ帝出でさせおはしまさざりける先に、手づからとりて、春宮の御方にわたし奉り給ひてければ、帰り入らせ給はむことはあるまじく思して、しか申させ給ひけるとぞ。さやけき影を、まばゆく思し召しつるほどに、月の顔にむら雲のかかりて、少し暗がりゆきければ、「わが出家は成就するなりけり。」と仰せられて、歩み出でさせ給ふほどに、弘徽殿の女御の御文の、日ごろ破り残して御身も放たず御覧じけるを思し召し出でて、「しばし。」とて、取りに入りおはしましけるほどぞかし、粟田殿の、「いかにかくは思し召しならせおはしましぬるぞ。ただ今過ぎば、おのづから障りも出でまうで来なむ。」と、そら泣きし給ひけるは。(中略)花山寺におはしましつきて、御髪下ろさせ給ひて後にぞ、粟田殿は、「まかり出でて、大臣にも、変はらぬ姿、いま一度見え、かくと案内申して、必ず参り侍らむ。」と申し給ひければ、「我をば謀るなりけり。」とてこそ泣かせ給ひけれ。あはれに悲しきことなりな。日ごろ、よく、「御弟子にて候はむ。」と契りて、すかし申し給ひけむがおそろしさよ。」
この「粟田殿」こそ藤原道兼です。
そして、この『大鏡』の記載からは花山天皇を出家させるために日頃から「御弟子にて候はむ。」(弟子としてお仕えします。)等と約束し、出家当日には噓泣きまでして目的を達成し、目的を達成したら日頃の約束など反故にするという、陰謀を確実に遂行する冷血漢という人物像が読み取れ、ドラマのような、何の目的もなく乱暴狼藉を働く人物とは程遠く、この点において大きな減点事由となります。
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山城守
at 2024-01-08 15:53
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それ以外では紫式部が飼っていた鳥が紫式部あ籠を開けた途端逃げてしまうという、『源氏物語』で光源氏が若紫を垣間見た際の若紫の「雀の子こを犬君が逃がしつる、伏籠のうちに籠めたりつるものを。」という台詞を彷彿とさせる、視聴者をして、「これがかの源氏物語の有名な件の元になったのか。」と思わせる描写があり、その点は良かったです。
また、現段階で皇太子の花山天皇についても、場所柄を弁えない姦淫等を考えればさもありなんといった処でした。
また、現段階で皇太子の花山天皇についても、場所柄を弁えない姦淫等を考えればさもありなんといった処でした。
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noho_hon2 at 2024-01-08 18:08
山城守 さん、こんんちわ。貴重な情報と考察、ありがとうございます。特に「大奥」との違いについては、大いに興味深かったです。また、深く読み込んで、お返事します。とりあえず。コメント嬉しかったので、続きは、また…
今後も、よろしくお願いします。
今後も、よろしくお願いします。
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noho_hon2 at 2024-01-09 01:23
続きです。藤原道兼の描き方が、とても気に入らなかった様子ですね。その博識ぶり自体に深い尊敬を覚えます。
実は、不勉強で、半分、ミーハーして ヒロインと脚本家へのの好奇心から素朴な完走を綴ってるのをお許しください。
いろいろ教えていただけると嬉しいです。今回も知識として大いに勉強になりました。ありがとうございます。指摘と、意見。ご指導、ありがとうございました。m(__)m
実は、不勉強で、半分、ミーハーして ヒロインと脚本家へのの好奇心から素朴な完走を綴ってるのをお許しください。
いろいろ教えていただけると嬉しいです。今回も知識として大いに勉強になりました。ありがとうございます。指摘と、意見。ご指導、ありがとうございました。m(__)m
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山城守
at 2024-01-10 21:46
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では、私からも紫式部について質問して宜しいでしょうか。
『紫式部日記』には清少納言について「清少納言こそしたり顔にいみじう侍りける人。さばかりさかしだち、真名書きちらして侍るほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。かく、人に異ならむと思ひ好める人は、かならず見劣りし、行く末うたてのみ侍れば、艶になりぬる人は、いとすごうすずろなる折も、もののあはれにすすみ、(以下略)」という件が有ります。
紫式部がかくも悪し様に清少納言を言うのは仕える彰子が清少納言が使える定子とライバルだったことに関係するのでしょうが、私が疑問に思うのは「真名書きちらして侍るほども、」と記載がある以上、清少納言の執筆した宮廷作品(『枕草子』等)を通して同女を論難しているはずが、じゃあ、具体的にどの件が「いと足らぬこと」に該当するか何も記載がないことです。
何かの目的で人をこき下ろす時は具体例を挙げてこきおろして説得力を持たせようとすると思うのです。
それを紫式部がせずに抽象的な悪口に終始したのは何故でしょうか。
『紫式部日記』には清少納言について「清少納言こそしたり顔にいみじう侍りける人。さばかりさかしだち、真名書きちらして侍るほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。かく、人に異ならむと思ひ好める人は、かならず見劣りし、行く末うたてのみ侍れば、艶になりぬる人は、いとすごうすずろなる折も、もののあはれにすすみ、(以下略)」という件が有ります。
紫式部がかくも悪し様に清少納言を言うのは仕える彰子が清少納言が使える定子とライバルだったことに関係するのでしょうが、私が疑問に思うのは「真名書きちらして侍るほども、」と記載がある以上、清少納言の執筆した宮廷作品(『枕草子』等)を通して同女を論難しているはずが、じゃあ、具体的にどの件が「いと足らぬこと」に該当するか何も記載がないことです。
何かの目的で人をこき下ろす時は具体例を挙げてこきおろして説得力を持たせようとすると思うのです。
それを紫式部がせずに抽象的な悪口に終始したのは何故でしょうか。
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noho_hon2 at 2024-01-11 02:23
山城守さん、こんんちわ。新たな問題提起、ありがとうございます。
でも、私の知識と読解力不足で、うまくお答え出来ないのが残念ですが、たしかに、そういうビジョンも大切だな…とは、理解できました
。満足できないお答えで申し訳ありません。m(__)m
でも、私の知識と読解力不足で、うまくお答え出来ないのが残念ですが、たしかに、そういうビジョンも大切だな…とは、理解できました
。満足できないお答えで申し訳ありません。m(__)m